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パブロフの条件反射と訓練(1)! |
まず、条件反射とは何かというと、反射を起こす刺激とともに、その反射と関係のない刺激を繰り返し与えていると、刺激を与えただけで、その反射が起こるようになること。たとえば、梅干しの話を聞いただけでも唾液が出てくるなど。経験にもとづいて後天的に得られる反射!ということである。
パブロフは、犬の実験で餌をやるたびにベルを鳴らして、刺激を与えていると、そのうちに、ベルを鳴らしただけでよだれが出ることを発見して、脳の刺激に対する作用を発見した。このことはとても大切なことで、刺激に多する作用と反作用の原理を説明しているものと思われる。人間の脳に対する刺激とそれに伴う脳の作用としての相対的関係を表すのである。
ここで、訓練ということを考えてみよう!
訓練とは、広辞苑には・・・・
@実際にあることを行って習熟させること。
A一定の目標に到達させるための実践的教育活動。
B動物にある学習を行わせるための組織的手続き、褒章または罰を用いるのが普通。
パブロフの条件反射と訓練(2)!
主の訓練を軽んじてはならない!とは、聖書の有名な言葉ですが、果たしてこの訓練とは何か?を検証してみることも大切ではと思います。
訓練とは、反復練習という意味があります。要するに、繰り返し繰り返し同じことを練習するということです。この同じことを練習するということは、パブロフのいう脳にある一定の条件を与え続けるということを意味します。そしてその条件の下に同じ答えを要求し続けるのです。
こうすると、脳は人間の恣意的な意識のもとではなく、訓練された条件と環境の中では無意識的に同じ動作、答えを出すようになるのです。この条件反射という脳に対する一定の刺激を与えて同じ動作を得ようとする相対的な関係は、果たして人間にとってどんな意味を持つのでしょうか?
知恵と戒めの書、ソロモンの箴言には次のような言葉がある。「戒めはともしびである、教えは光である。教訓の懲らしめは命の道である。」ソロモンの箴言には、このような知恵と戒めの物語が所狭しと書かれている。そうです、同じようなことが何度も何度も語られているのです。それから、申命記には、それゆえ、あなたの神、主を愛し、常にそのさとしと、定めと、おきてと、戒めとを守らなければならない。このことが、延々と語られているのです。
繰り返し語られる言葉には隠されたキーワードがある。それは「主による人生」です。
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