一言コラム集・命名編(7)
占い一言コラム集は遠山快空(陽陰姓名術「天使の占い」の生みの親であり、 遠山球希の師匠)の格言日記の中で述べている「一言居士」をピックアップした ものです。占いをする立場の者の姿勢や占いに対する考え方の基本的な考え方をストレートに述べています。 皆様方の何かの参考になればと思いここに記しました。
※いちげん-こじ 【《一言居士》】 何事によらず必ず何かひとこと言わなければ 気のすまない人。
◆命名に対する親の想いは、自然と男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしくという漠然としているが大きな願いに満ちあふれている。事実子供は自然の摂理に導かれて育つ。大きな親の想いが命名の祭に、仕事や結婚、人間会計など様々な願いに細分化されてくるのだ。その湧きいずる自然な想いこそ尊いものなのだ。その中心ポイントをずらしてはならない。 ◆人生には転換点というものがある。歴史に転換点があるのと同じだ。それは人によって異なるのだが、国も人も共通の事柄がある。それは、それまでの自分の生き方に行き詰まりを感じているということだ。別にすぐに問題があるわけでもないのにだ。そういうところに自分を一新する何かを見つけようとするエネルギーが生まれる。改名というのはそういう一新するエネルギーを持っている。 ◆命名に夢はなくてはならない。同時に、命名にはドラマも必要である。命名にドラマがあるからこそ、命名に価値が生まれる。橋の下から拾われたので、拾雄と名づけられたとしよう!それでも、そこには養い親との出会いの運命があったではないか?それが生へとつながる大きなチャンスになった。そこに価値がある。命名でこんなふうに親は努力して悩んだ。それは命名を通して子への愛の伝達という価値に変わるのだ。 ◆名前の持つ面白さは、その名前が一つのイメージを形成していくというところにある。そして、そのイメージが実は人間を創造するということが面白いのだ。だから、命名にはちゃんとしたイメージを持つことができるようにすることが必要だ。特に、育てる親が子供にイメージを持つことが子供にとっては原点になる。 ◆命名というのは、様々な背景を考えながらされるものなのだ。一口に命名といっても、そこには万感の想いを込めた親たちのドラマがある。そのところを理解していないと、命名には魂が入らないことになる。そうであってこそ、命名はその子供のバックボーンになるのである。 ◆命名では一番気をつけなければならないことは、子供の運勢ももちろんだが、親子の愛情交流にある。どんな良い名前と思っても、その名前が良い運命となるかどうかは、自分の名前の運用次第だからである。その自分の名前の命名の力を発揮させることができるかは、周囲の愛情交流にかかっている。 ◆命名にも時があることをご存じだろうか?ある意味で名前を付けるということは、親の方がそういう感性を鋭くしているときでないと、子供とのつながりをしっかりと作れる名前を付けることができないのだ。だから自分のアンテナを高く張っていると、先祖や様々な働きの中で、子供にとって一番よい名前を選択することができるのだ。 ◆命名では様々な要素が考えられることになる。親としては当然のことだ。占い的には吉の数字はあるのだろうか?凶数は入れてはいかんとか!である。特に家族の意見がバラバラの時は大変だ。一家の主人やお祖父さんお祖母さんの意見まで入れると何ともまとまらなくなる。そういうときにこそ、命名される名前は誰のものでもなく子供自身のものであることを忘れてはならないのだ。 ◆命名はその人の宇宙の世界を決めるようなものだ。しかも自分が自分の宇宙を運用することができる。それが命名によって自分の運命式を知るということなのだ。だから、命名はそれだけ人生の価値を決める重要な儀式ということが言える。 ◆命名するというのは、ちょうど人間が人間として出発するような儀式ではないかと思う。命の息吹を吹きいれるようなものといえる。だからこそ「命の名」と書いて命名ということになるのだ。だからこそ親の方は、命を吹き込むような努力が命名には伴うことになる。それで始めて子供の方も出発が出来るのだ。 ◆命名するときは、親の方はいろいろな想いを持つものだ。その子供に対する夢や希望が膨らんで大きな欲望を持つのも親に違いない。しかし忘れてならないことは歩む人生は子供が主体であるということだ。その子供のために環境を設定してやるのが親の仕事だ。そう考えれば命名は、その子の未来の可能性を賦与するということに他ならない。それは親だからこそ持っている権限なのだ。 ◆命名というのは、不思議なもので自分で一生懸命考えると、どういうわけか自分の持つ世界しか名前に反映しなくなる。具体的には、親子関係が悪かった過去を持つと、自分の子供との関係もよくなくなるような名前ばかりが思いつくのだ。だから、昔の人はそういうことをよく知っていて、自分よりすぐれた人や命名のプロにしてもらったものだ。 ◆命名や改名で必要なことは、どんな人になりたいか?どんなことをやりたいか?などと言うことをはっきりさせなければならない。とにかく具体性がなくてもよい、しっかりとしたイメージを持つことが良い。あれもこれも何でも運勢がよくなればなどという欲張りは、結局は何も得られないまま終わってしまう。運命式は人生に何かを与えるが、運営する人がよこしまであれば、その人の人生を奪うかも知れない。 ◆命名することは、ひとつのプログラムを組むことと同じなのだ。しかも非常に自由性のあるプログラムだ。何故かというと、そのプログラムを運用するのは当の本人なのだから!どんなに優れたプログラムでも、それを使う人が間違えば、そのプログラムの価値はなくなってしまう。自由性があるというのは、自分の命名運命式の使い方次第で、その出力を大きくバージョンアップできるからなのだ。
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